100分de名著「オイディプス王」6/3(1) - 50代のおばはんアンテナ

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100分de名著「オイディプス王」6/3(1)

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こんにちは。バナミです♪

今週から「100分de名著」が新しく「オイディプス王」になりましたね。
この作品の名前を今回初めて聞きました。
ギリシャの劇場で上演された、悲劇だそうです。2500年も前のことです。

オイディプスという英雄が主人公。彼は都の災いの謎に挑みますが、その情熱によって自らの呪われた出自を暴いてしまうのです。ギリシャ神話がもとになっている作品です。

今回ものっけからドラマチックな!!
全然知らなかったお話にバナミはすでに引き込まれました。


テーマは、「人は人智を超えた運命にどうやって向き合うのでしょうか?そこから見える人間の本質とは!?」みたいな感じかな??

いつも思うんですけれど、有名な名著って、書かれた(作られた)時代と今がかけ離れた環境であるにもかかわらず、今を生きる私達がそれに触れた時の”問いかけられる感”ハンパないですよね。いいものは時代をも超えちゃいますね。

決して長い話ではなくて160ページくらいですが、この中に相当ドロドロの人間模様が描かれているのでしょう~。今はこうやって「本」として読むことができますが、当時は語り部が語るという、、、本が存在しない時代だったわけです。

作者はソポクレスという人で3大悲劇詩人の一人だそうです。

そもそも「悲劇」とは何なのか?
日頃別に深く考えること無く使っている言葉ですが、wikipediaによると、
『悲劇(ひげき、英: tragedy)とは、古代ギリシアに成立し(ギリシア悲劇)、ルネサンス以降のヨーロッパにおいて継承・発展した演劇形式である。またその演劇の脚本・戯曲のことも悲劇と言う場合がある。多くは主人公となる人物の行為が破滅的結果に帰着する筋を持つ。転じて、同種の筋を持つ他地域の演劇や現実の出来事を指しても用いられる。』
らしいです。


一方、アリストテレスによる「悲劇」の定義が番組内で紹介されました。バナミ一生懸命書き取っておりますよー。
『悲劇とは、一定の大きさをそなえ完結した高貴な行為、の再現ミーメーシス)であり、〈中略〉叙述によってではなく、行為する人物たちによっておこなわれ、あわれみとおそれを通じて、そのような感情の浄化(カタルシス)を達成するものである』

えー?めっちゃ難しくなった・・・><
ようするに、「人間が他の何かを演じることですけど、そのなかでも激しい感情がうごめくやつです」みたいな感じですかね?


で、実はこの物語を読む前に予備知識が必要らしくて、当時もこの劇を観に行く観客はこの劇が始まるまでのお話を知っていて観ている、ということ。
「オイディオウス王」自体はその前編からのつづきなんですって。
だからコレ自体は短いんだぁ~

ではここで、前編のあらすじに入ります。

『古代のギリシャの王ライオスはあるとき不吉な神託を受けます。《王妃との間に息子が生まれたならば、その息子は王を殺し王の妃を妻とするだろう》。
神託を恐れたライオス王は生まれた男の子のくるぶしを串刺しにし捨てる。息子はコリントス王夫妻に育てられ、たくましく成長する。

そんなオイディプスもある日神託を受ける。《父を殺し母と交わるだろう》。
オイディプスはコリントス王夫妻を実の父母だと信じているので、この恐ろしい予言から逃げるように出て行く。

そして放浪中にある老人の一行と出会いトラブって家来と老人を殺すが、その老人こそが本当の父であった。

さて、王を失った都では怪物スフィンクスによる難題に正解しないと食い殺されるという事件が起きていた。
そこへオイディプスがやって来てみごとに問題を解いてしまい、スフィンクスは滅びる。

そしてオイディプスはこの国の王となり先代の王の妻を妻とするが、これこそ実の母である。』


一旦ここで切りますね。いやぁ~、すごい物語です。もぉどっぷりと悲劇ですね。

ところで、スフィンクスの出した問題はですね。
「一つの声を持ち、朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足、コレは何であるか」
答えは「人間」。
赤ん坊の時は四つん這い、青年期は直立歩行、老人になると杖をつく。。。なんか聞いたことあるナゾナゾだな。


と、ここまでの話を観客は知っていて劇を観に来るのですね。なるほど!知らぬは主人公のオイディプスのみ、ってことですね。

それにしても《神託》って、、、その頃の人々には人生においてとても重要なものだったってことですかね?
神託の通りに物事が進んでいくとなると、不吉なことを受けた人たちは不安でやってられないですね。

そうです、その不安があるから、本当にそうなってしまわないように用心して暮らすことになるのですが、その様子こそが物語になる、という感覚なんですね。

その行動も裏目に出てしまった、、、ていうのがこの「オイディプス王」の物語というわけです。

観客は結末を知っていて観ているということも興味深いことですね。オイディプス王が「自分とは何なのか」を見つけるまでのお話に付き合って観ている、、、それって相当面白そうです。
そこには確かに”あわれみとおそれ”もあるのでしょうね。


さて、前編が終わって、ここからが劇の始まりなんです。

明日続きをアップしたいと思います。お楽しみに^^


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