およそ100年前の日本の姿 - 50代のおばはんアンテナ

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およそ100年前の日本の姿

こんにちは。バナミです♪今月の100分de名著は小泉八雲です。

「小泉八雲」っていう名前はあなたもご存知だとおもいますが、「イギリス人のラフカディオ・ハーン」と聞くと誰のことだか分らないのではないでしょうか?

このラフカディオ・ハーンは120年前に日本にやって来て、後に小泉八雲という名前で生涯日本で生きた人なんです。職業は文学者。

その頃の日本は極端な西洋化によって、庶民の生活習慣や伝統文化が失われかけていたそうです。小泉八雲は伝統的な日本の文化を美しい文章で描き出してくれたのです。この著書を学ぶことで私たちは忘れかけていたものをまた思い出したり、古きよき日本を初めて知ったりできそうですね。

100分de名著の今回の解説の先生池田雅之さん(早稲田大学教授)は、
①日本はどう変わったのかを見つめる
②異文化理解のヒント 
がポイントとおっしゃっていました。
今月一ヶ月間でこの2つのポイントを、楽しみながら学んでいこうとおもいます。

小泉八雲の作品の中でも今回は「日本の面影」という本が題材です。Wikipediaの小泉八雲のページで見ると、母親はギリシャ人、父親はアイルランド人で、ギリシャ、フランス、イギリス、アメリカといろいろな文化の影響を受けて過ごしてきたようですが、どこもみな日本とはまったく違った様子ですから来日の時はさぞ好奇心も爆発していたことと思います。

八雲は、キリスト教(カトリック)に対してよく思っていなかったので、キリスト教以外の文化の国へ行きたいという願望もあったようです。

日本がそれまで鎖国状態であったため、情報もないわけですから未知の世界ですよね~。来日した時は、アメリカの出版社の通信員として来日したので、ある種の使命感というか、日本の様子を欧米のみんなに伝えるぞぉ~みたいな感じだったんだと思います。もともと異文化に対してやさしい視点で見ていますから、他の学者が日本を見る目とは違っていたと思われます。


番組では両親とも離れ離れで八雲の幼少期は寂しく、16才の時には左目を失明するという不幸にも合っていると紹介がありました。
19才でアメリカへ渡り職を転々とするなか、新聞記者となり、そして日本へやって来ることになったのです。(当時39才)

1885年のニューオリンズ万博で文部官僚の服部一三と親交を結んだことや、バジル・ホール・チェンバレンというイギリスの言語学者が翻訳した「古事記」を読んだことが来日のきっかけとなったということです。

「日本の面影」という作品は母国語の英語で書かれ、1894年(来日から4年後)にアメリカで出版されたそうです。
内容は1890年に来日した後の1年7ヶ月の出来事を描いたものです。この間、島根県の師範学校の英語教師として赴任し、日本人の小泉節子と結婚しています。

「八雲」という名前の由来はというと、一時期島根県松江市に住んでいたので、そこの旧国名の出雲国にかかる枕詞が「八雲立つ」だったことだとされています。



さて、本編ですが、
八雲は「日本の面影」の冒頭でこの本では4つ述べたいことがあると書いています。

1 日本の知識人に対する批判
・・・西洋の文化を追いかけ過ぎである

2 日本の良さは庶民にある
・・・日本人の生活の類まれなる魅力は世界のほかの国では見られない

3 人間は「幻想」や「想像力」に頼る生き物である
・・・八雲は日本の迷信のすばらしさに気づく

4 西洋の近代文明への批判
・・・合理主義ばかりを追求していることへの批判


3は八雲がとても大事にしたことで、化学的に証明できるような事ではなくて、人間の深いところから出てくるファンタジーやインスピレーションだそうです。
八雲は自分が何を大事にするのか、心に響くことは何なのか、そこを探したのですね。
ときめきを求めて日本へ旅して来て、新しい自分と会えたのですね!

「日本の面影」の第一章は日本に最初にやって来た日のことを中心に書かれています。

横浜港に着いて人力車に乗って街を走ると、初めての日本の様子は見るもの聞くもの珍しく、八雲の好奇心は大きく揺さぶられていました。
のれんが風になびく様子や漢字、人々の眼差しには優しさを感じたといいます。おとぎの国を彷彿としたとも書いています。



そして、ある一本の満開の桜の木に目を奪われます。八雲さん、春にいらっしゃってよかったですね。笑

すべての枝という枝に 夏の積乱雲のように 純白の花が咲き乱れ 目もくらむほどに霞んでいる

その下の地面も 私の眼前の小径も 柔らかく厚く 芳香を漂わせて 散った花びらの雪で 一面真っ白だった




お~、日本の情景をこんなにも美しく表現していただき感謝したいです。日本人もさくらの季節には桜を愛でますが、ここまで感動しながら見ているのかは疑問です。初めて来た日本で目にした満開の桜の光景はさぞかし印象的だったことでしょう。

続きがあります^^

この神々の国では 樹木は人間から大切に育てられ かわいがられてきたので 

木にも魂が宿り愛される女のように 樹木はさらに美しさを増して 

人間への感謝を 示そうとするのであろうか




すばらしい感性ですね。一本の木を見ただけ、ですよ!?・・・って、自分と一緒にしちゃいけないけれど。笑

もうひとつ、お寺で鏡を見たときのことを八雲の書いていることが、本当にすばらしくて感動しました。

八雲は自分の顔が映し出された鏡を見つめ、この日本への旅の意味を考えたそうです。

自分の居場所を探すとでもいいましょうか、こんなふうに書いています。

私は自分の探しているものを 私以外の世界に つまり私が心に思い描く

空想以外のところで 見つけることができるのだろうか




さて、次回は庶民の生活にどっぷり浸かった八雲がそこで何を見出すのかをひもとくそうですから、とても楽しみです。



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