小泉八雲「日本の面影」2回めの放送 - 50代のおばはんアンテナ

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小泉八雲「日本の面影」2回めの放送

yakumo.jpg

こんにちは♪バナミです。
今週の「100分de名著」は小泉八雲の「日本の面影」第2回目の放送でした。
いぁ~、落ち着きますねぇ~。
先月は内容がドキドキのギリシャの話でしたけれど、今回は日本の島根県松江で、
時代は明治です。

日本人のこころの真相を読み解くことができるというこの作品ですが、
その日本語訳がとても美しくて、読んでも聞いても酔いしれます。

はるかな山々を超えた向こうに
古代の神々の国
神代の国出雲がある
人力車を強靭な車夫たちに引いてもらいながら
太平洋側から日本海側へと抜ける
四日間の旅である
その長い道中のほとんどは
谷間の道であった
谷の上には杉や松の森が
うす暗い陰を作っている
さらにその森の茂る峰の上には
遠くの山並みが
藍色の姿をのぞかせていて
さらにその上に
かすんだ灰色の尖頂が
シルエットを落としている


八雲が自分探しの旅で日本の島根にやってきて、
そこで盆踊りにとても感銘を受けたようです。
その盆踊りの様子を次のように表現しています。


踊り子たちは
みんなが一斉に右足を一歩前に
草履を地面から上げることなく
地面の上を滑るようにして差し出す
と同時に
まるで手を宙に浮かせるかのように
ふわっと両手を右側へ伸ばし
微笑みながら
お辞儀をするように頭を下げる
こうしていつも無数の白い手が
何か呪文でも
紡ぎだしているかのように
掌を上へ下へと向けながら
輪の外側と内側に交互に
しなやかに波打っているのである


どうですか?なんだかその場所に今いるかのように情景が浮かびますね。
八雲が英語でどう書いたか、原書を読んでいないバナミはわかりませんが、
この訳をした人は間違いなくスゴイですね!

八雲もそこにこう注目したかー、と思わせるところがあります。
盆踊り・・・ここ何年もその風景を見られず夏を過ごしてきましたが、
今年は見に行ってみようかな、そして、一緒に踊ってみようかな、と思います。

bonodori.jpg

そして、面白いことに、この手の振り方を「幽霊のような」と表現しているのです。
盆踊りの音楽についても、今まで聞き慣れてきた音楽の音色とは違ったために、
どう表現すればよいかわからなかったのでしょう。

番組の中で、「生者が死者を迎えて共に踊る盆踊り」、と解説があり、私ははじめて盆踊りの意味を知りました。
そうですね、お盆に踊るんですからね。

ここで『お盆』とは何なのかおさらいしておきましょう。
私たちは、お盆といえば、お盆休みにばかり注目してしまいがちですもんね!
Wikipediaによると、
お盆(おぼん)は、太陰太陽暦である和暦(天保暦など旧暦という)の7月15日を中心に日本で行なわれる、祖先の霊を祀る一連の行事。
一般に仏教の行事と認識されているが、仏教の教義で説明できない部分も多い。古神道における先祖供養の儀式や神事を、江戸幕府が庶民に強いた檀家制度により仏教式で行う事も強制し、仏教行事の「盂蘭盆」(うらぼん)が習合して現在の形が出来たとされる

だそうです。本来仏教行事なんですね。

今日はやたら引用が多い記事になっております。

ここでまた引用です。これ、ちょっと何度も読んでしまう素晴らしい表現です。
感情とは、どこかの場所や時を特定するものではなく
この宇宙の太陽の下で、行きとし生けるものの万物の喜びや悲しみを
共振するものではないだろうか。

すごいです。そして、的を射ていると感じます。バナミはここまでは深く考察できていませんが、近いことは考えていました。
でも「共振」ときましたか!という感じですね。
(変換で一発で共振と出たことにも驚いておます><)
八雲が盆踊りを見て”人間の喜怒哀楽”を見たというならば、それは八雲の感性が研ぎ澄まされていたからなんだと思います。

さて、八雲が踊り子の手を「幽霊」と表現したのは、八雲自身のオバケ体験があったからだそうです。

カトリックの熱心な信者であった伯母さんが八雲に説教をしたとき、八雲は伯母さんに質問をします。
「どうして他人に気に入られることよりも神様の思し召しのとおりであるかを気にするのか」

この質問に伯母さんは怒り、
「それなら坊やを地獄へ落とし、永遠の業火で生きたまま焼いてあげましょうか」
と言ったので、八雲はこの叔母を嫌い、死んでしまえばいいのに、と思ったほどでした。
それから月日が過ぎて、ある日八雲がこの叔母に会った時、振り返った叔母に顔がありませんでした。

本当かしら?でも、
そんな体験をした八雲ですから、盆踊りを見た時に「見えるモノ以外のなにか」を感じることが出来たのですね。


盆踊りのくだりの次には、出雲大社で宮司から八百万の神(やおよろずのかみ)と大国主の命(おおくにぬしのみこと)の話を聞いたときのことも書いています。

神道の真髄は書物の中にあるのでもなければ、
儀式や戒律の中にあるのでもない。
むしろ国民の心の中に生きているのであり、
未来永劫滅びることも、古びることもない、
最高の信仰心の表れなのである。


日本人の民衆のなかの 自然信仰などに感動したものと思われます。
代々受け継がれている無意識の本能的なのもへの評価とでも言いましょうか、
これはもう日本人自身はきっと感じなくなっている部分ですから、八雲に教えられて気づくことも多いかと思います。


日本人のことを日本人よりも理解していただき恐れいります、といった感じです。
次回も楽しみに観たいと思います。ほんと好きな番組です。


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